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モーリエンヌ 1940
L20200124
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€ 34.12
1939年9月3日、ヒトラー率いるドイツ軍のポーランド侵攻を受け、フランスとイギリスはドイツに宣戦布告した。ドイツの同盟国イタリアは非交戦を表明する。秋から冬にかけて、戦線に一種の停滞が漂うなか、防御態勢の強化が進められた。
春の雪解けとともに、アルプスの向こう側からの脅威が再び浮上する。5月10日のドイツ軍による西方攻勢でその脅威は現実味を帯び、6月10日、ムッソリーニがフランスとイギリスに宣戦布告したことで現実のものとなった。
しかし、弱体化しながらもなお持ちこたえるフランスを相手に、イタリアはアルプスで大規模な攻勢を行う準備ができていたのだろうか。
6月21日、準備がまったく整っていなかったにもかかわらず、ムッソリーニはアルプスの峠への攻撃を命じた。峠はマジノ線の要塞に立てこもり、強力な砲兵の支援を受けるフランス軍によって堅く守られていた。
モーリエンヌでは、モン・スニ峠、アンバン渓谷、モダーヌ周辺、ヴァルメニエで激戦が繰り広げられた。4日間にわたり、イタリア軍4万人とフランス軍1万8千人が対峙した。イタリア軍は凄まじい悪天候のなか、フランス軍の防衛線を突破しようと並外れた勇気を示した。
6月25日に戦闘が終結したとき、獲得した領土はごくわずかで、損失は甚大だった。
アルプス軍はこの戦いに勝利し、国境沿いの県を占領から守った。ナルヴィク、ジャンブルー、ストンヌ、マジノ線での戦いと同様、1940年のフランス軍にも戦いに勝つ力があったことを示したのである。同軍は後のアルプス地方のレジスタンスの母体となり、1944年秋には第27アルプス師団が創設され、アルプスでの第二の戦いに参加することになる。
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