戦車将校――ロシアからノルマンディーへ
戦車将校リヒャルト・フォン・ローゼン男爵の回想録。ロシアからノルマンディーへ、III号戦車からキング・タイガーまで。
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1939年9月1日金曜日、17歳のリヒャルト・フォン・ローゼンはドイツの開戦を知る。1940年10月に志願入隊し、第35戦車補充大隊に配属された。フランスのボルドー地方で、将校になるための厳しい訓練を受けることになる。
1941年4月末、まだ年若い彼は士官候補生となる。そして6月22日、バルバロッサ作戦が始まった。彼は中央軍集団麾下の第4戦車師団に属し、III号戦車の砲手としてソ連で戦う。スタルイ・ビホフの橋をめぐる激戦の後、重傷を負った。
東部戦線での最初の従軍と療養を経て、彼は第503重戦車大隊に転属した。1943年1月からVI号戦車「ティーガー」の車長として従軍し、まずカルムイクのステップで戦った。その後は少尉として第3中隊の小隊長を務め、史上最大の戦車戦となったツィタデレ作戦に参加した。
彼の大隊は連合軍上陸後のノルマンディーに派遣され、グッドウッド作戦では連合軍の激しい爆撃を受けた。ゼンネラーガーで部隊の一部に強力なティーガーIIが補充され、フォン・ローゼン男爵はこのケーニヒスティーガーの中隊を指揮する。その指揮官就任の様子は、著名な写真報道に記録されている。
1945年に五度目の負傷を負い、彼の戦争はそこで終わった。
2013年にHeimdalから刊行された歴史書『第503ティーガー大隊』とは大きく異なり、本書はリヒャルト・フォン・ローゼンが2012年に執筆した自伝である。大半が未発表の写真・資料450点を収録。自らの任務を果たし、良心に恥じるところはなかったものの、戦争の結末に苦しんだ一将校の記録として興味深い。
戦後はドイツ連邦軍に入り、フォンテーヌブローの連合軍参謀長(1964~1966年)、第294戦車大隊長(1966~1970年)、第21戦車旅団長(1972~1976年)、在パリ・ドイツ大使館武官(1976~1980年)、在独フランス軍へのドイツ側連絡担当官を歴任した。ソミュール戦車博物館の創設者オーブリー大佐とも親交を結び、1982年に少将の階級で退役した。
フランスの友人でもあった類まれな人物が、戦車部隊およびティーガーII中隊の指揮官として得た経験を伝える。写真資料を通じ、4年半にわたる戦いの足跡をたどることができる。
- 著者1
- Richard Baron Von Rosen
- 出版日
- 2020年1月
- ページ数
- 320
- イラスト
- 写真450点以上
- 表紙
- 上製本
- 言語
- フランス語
- 出版社
- HEIMDAL
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