プロヴァンス上陸作戦 ― カラーで見る第二次世界大戦
1944年8月15日のプロヴァンス上陸作戦は、アフリカ沿岸でのトーチ作戦からノルマンディーでのオーヴァーロード作戦に至るまで、戦争を通じて最も周到に計画され、最も成功を収めた水陸両用作戦だった。
ここで改めて確認しておきたいのは、ノルマンディーのオーヴァーロード作戦とプロヴァンスのドラグーン作戦が、ドイツ軍をフランス領土から駆逐するための一連の作戦の二つの局面として、アメリカ側に構想されていたことである。プロヴァンス上陸をノルマンディー上陸より先に、あるいは両者を同時に実施する案さえ検討されていた。皮肉にも、ドラグーン作戦の目覚ましい成功こそが、その後、この作戦を歴史の記憶の周縁へと追いやる一因となった。比較的少ない犠牲で得た鮮やかな勝利は、多数の死者を伴う勝利ほど栄光に値しないかのように。
この上陸作戦は、勝利するフランス軍の復活でもあった。ド・ゴール将軍の政治的指導とド・ラトル・ド・タシニー将軍の軍事的指揮の下、自由フランス軍、アフリカ軍、レジスタンス、強制労働徴用からの逃亡者、志願兵など、1940年の敗北によって散り散りになった戦うフランスの諸勢力が結集したのである。この軍は、カヴァレールやサントロペなど、今やよく知られる海岸に上陸し、歓喜のうちにトゥーロン、続いてマルセイユを解放した。その後、アメリカ軍とともにローヌ渓谷を北上し、あらゆる計画を覆すほどの速さで進撃した。
連合軍の戦略におけるプロヴァンス上陸作戦の最終的な重要性については、アイゼンハワー将軍の言葉を引こう。「この時期、これほど決定的な優位をもたらし、敵の全面的敗北を成し遂げるうえで大きく寄与したものはなかった。プロヴァンス沿岸からローヌ渓谷を北上した、この助攻ほどには」というのである。
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