フランス国籍標識をまとったユンカース Ju-52とAAC.1トゥーカン
フランス国籍標識をまとったユンカース Ju-52とAAC.1トゥーカン

フランス国籍標識をまとったユンカース Ju-52とAAC.1トゥーカン

L20210108
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ドイツ人技師フーゴー・ユンカースは全金属製航空機の先駆者であり、1914年以降、航空輸送向けの機種をいくつも開発した。その集大成として、国営航空会社ルフトハンザの要請を受けて1930年に設計されたユンカース52の試作機は、当初単発機だった。最終形となる3発型Ju 52が飛行したのは1932年で、ユンカースがナチス政権の支配下に入った自社工場を去る少し前のことだった。

 

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信頼性と堅牢さによってJu-52は大きな成功を収めた。主にドイツで4,200機以上が製造され、スペインでもCasa 352の名称で170機が生産され、複数の航空会社で運航された。しかし、波形金属板の外板を持つ独特の機影を広く知らしめたのは、スペイン内戦、そして第二次世界大戦中のドイツ空軍による軍事利用だった。

ドイツ占領下のフランスでも、アミオの工場はさらに538機を生産した。Ju-52の設計は優れており、ドイツ軍が撤退する1944年には、再建途上の軍の航空輸送能力を速やかに高めるため、AAC.1の名称で生産を続けることが決まった。コロンブ航空機製作所(AAC)の生産ラインからは、「トゥーカン」と名付けられたAAC-1が415機送り出された。

1960年代まで、トゥーカンは敗北したドイツ軍から接収した38機のJu-52とともに、フランスが関与した各地で任務に就いた。欧州では戦争による避難民の帰還輸送に使われ、インドシナ、マダガスカル、アフリカでも活動した。主な運用者はフランス空軍だったが、海軍航空隊も装備した。エールフランスをはじめ17社以上のフランスの航空会社や一部の行政機関も、軍とともにこの質実な3発機を運用した。乗員たちは機体を「ジュリー」と呼んだ。

本書は、フランス空軍と海軍航空隊の国籍標識をまとった各機の歩みをたどる。「ジュリー」に搭乗した乗員の証言を豊富に収め、800点以上の写真と50点の側面図を掲載する。欧州で約5,400機が製造された、信頼性と堅牢さを備える伝説的な3発機。フランスでの長い運用史を一冊にまとめた本書は、その機体に捧げる一冊である。

表紙
上製本
出版社
Lela Presse

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