U-172 - カリブ海、ケープタウン、リオにおける艦長Carl Emmermann
Uボート 1942~1943年
ドイツ潜水艦U-172とCarl Emmermann艦長による、カリブ海、ケープタウン、リオでの任務。
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Carl Emmermannが指揮するU-172が1942年4月22日にキール港を出たとき、米国が沿岸で船団護送を開始し、ドイツ潜水艦部隊の二度目の好機は終わりを迎えつつあった。
開戦以来、連合軍の対潜戦力は、航空機搭載レーダーの開発、護衛艦や航空機の増強、潜水艦の無線通信の解読などによって大きく強化されていた。その結果、ドイツ側の戦闘環境は著しく悪化していた。
しかし、Carl Emmermann指揮下のU-172は、1942年5月から1943年9月までのわずか4回の戦闘哨戒で26隻を撃沈し、撃沈した連合国船舶の総トン数は15万トンを超えた。
こうしてU-172は戦果上位のUボートの中で15位となり、戦争のこの時期としては際立った記録を残した。第一に、なお戦果を挙げられる遠方の海域へ進出したためである。初回はカリブ海、2回目は南アフリカのケープタウンで、それまでUボートが進出していなかった海域で奇襲攻撃に参加した。3回目は大西洋中部で、2つの船団を集団でアフリカ沿岸まで追跡。4回目はブラジル沿岸で、作戦に参加した7隻のUボートのうち帰還したのは同艦だけだった。
また、艦長が有能で部下から深く信頼されていたことも理由である。乗組員は艦長を中心に結束し、艦長も彼らを任務のたびに引き続き配下に置いた。4回目の戦闘哨戒を終えたCarl Emmermannは、潜水艦部隊で25人目となる柏葉付騎士鉄十字章受章者となった。
その後、陸上勤務を受け入れ、1943年11月初めにサン=ナゼールで第6潜水隊群の司令官に就任する。航空機や艦艇による12回の攻撃を生き延びていたU-172は、6回目にして最後の哨戒へと出航した。
Uボートの専門家である著者は、U-Boot Archivに保存されたEmmermann艦長の写真や、従軍記者Helmut Berndtが撮影した写真を閲覧した。これにより、未公開の貴重な写真250点を用いて、この艦長の際立った戦歴を紹介している。航海日誌の翻訳、Emmermann艦長が残した証言、哨戒航路の略図を通じ、遠い海域で任務に就いたU-172の足跡をたどる。
- 著者1
- Luc Braeuer
- 出版日
- 2019年7月
- ページ数
- 176
- イラスト
- 未公開写真250点以上
- 表紙
- 上製本
- 言語
- フランス語
- 出版社
- HEIMDAL
- EAN
- 9782840485292
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