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フランスの戦いの記録 第3巻:1940年6月5日~16日
L20180008
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1940年6月5日、ドイツ軍は著しく弱体化したフランス軍に対し、この戦役で二度目の大攻勢を開始した。ソンム川とエーヌ川での戦闘は激しさを増したが、攻撃側の兵力と装備の優位により、フランス軍は徐々に後退を余儀なくされた。
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6月13日、フランス軍の救えるものを救うことに心を砕いていたウェイガンは、全軍に各自退避を命じた。戦役は終わったかに見えるが、そうではない。ロワール川へ向かう道路、ヴェルダン前面、ザール地方、ライン川沿いでは、なお激戦が続く。
その後の12日間には、レイノーとド・ゴールを中心とする抗戦継続派と、ウェイガンとペタンが率いる休戦派との間でも激しい対立が続いた。6月16日夜のレイノー内閣崩壊が、フランス戦役の帰趨を決定づける。
本書はこの劇的な12日間を、未公開写真を多数掲載した全400ページで描く。
- 著者1
- ジャン=イヴ・マリー
- 出版日
- 08/01/2017
- ページ数
- 396
- 言語
- フランス語
- 出版社
- HEIMDAL
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