第54爆撃航空団 ― 髑髏の航空団・第II巻
第54爆撃航空団 ― 髑髏の航空団・第II巻

第54爆撃航空団:髑髏の航空団 第2巻

L20250050
お届けまで8~10日
€ 55.92
刊行

第54爆撃航空団、通称「髑髏航空団」は、軽騎兵連隊から受け継いだ髑髏の徽章により、第二次世界大戦の航空戦史に関心を持つ人々によく知られている。しかし何よりKG 54は、編制や兵力を幾度も変えながら、開戦初日から終戦の日まで戦い続けた数少ないドイツ空軍航空団の一つである。KG 254を前身とするKG 54は、1939年9月のポーランド戦に参加した1個Gruppeからささやかに出発した。1940年4月には、「奇妙な戦争」の間に編成された第2Gruppeがスカンディナヴィアでの戦闘に参加。翌月、3個Gruppeに増強された航空団は、西方での大規模作戦である西方戦役に投入された。

5月から6月の戦闘で甚大な損害を受けて解隊された第3Gruppeを失ったKG 54は、バトル・オブ・ブリテンに参加し、夜間のロンドン大空襲でもイギリスへの攻撃任務を続けた。1941年6月、「バルバロッサ」作戦でソ連へ派遣された2個Gruppeは出撃を重ねて激しく戦ったが、損害があまりに大きく、年末にはドイツ本国へ呼び戻された。しかし戦況の変化により、この時期から「髑髏」の航空団は戦力を分散せざるを得なくなり、I./KG 54は地中海方面へ、II./KG 54は短期間フランスに駐留した後、ソ連へ戻った。マルタをめぐる戦闘では、I./KG 54は、当時III./KG 54と改称されていたK.Gr. 806と共同で作戦に当たった。両Gruppeはロンメル元帥のアフリカ軍団を支援し、1943年にシチリアでII./KG 54と合流した。航空団はアフリカでの最後の戦闘、チュニジア戦にも参加した。

定員を回復した第54爆撃航空団は連合軍のシチリア上陸に直面し、その後イタリア本土で幾度も後退を重ねた。「髑髏」の航空団は1943年末に地中海方面を完全に離れ、西方へ戻った。しかし、そこで待っていたのは、損害の多い「シュタインボック」作戦におけるイギリス攻撃だった。損失は極めて大きく、II./KG 54は1944年4月に解隊された。2か月後、再び2個Gruppeに縮小した航空団は、ノルマンディーへの連合軍上陸を迎え、ここでも人員と機材に大きな損失を伴う任務に就いた。粘り強く戦いながらKG 54はドイツ本国へ戻り、1944年9月には戦闘航空団へ改編され、著名なジェット機Me 262を配備された。しかし機体には依然として深刻な初期不良があり、KG (J) 54は2個目のGruppeによる増強を受けたものの、数で大きく勝る連合軍航空部隊に対して目立った戦果を挙げられず、壊滅的な損害を被った。1945年5月8日、髑髏の航空団の生存者は降伏した。その時点で隊員の大半はオーストリアとチェコスロバキアに分散していた。

 

安全な決済

 

配送

  お電話ください

(+33) 01.79.75.05.50

 
著者1
ピーター・タゴン
出版日
25/02/25
ページ数
392ページ
イラスト
650
表紙
ハードカバー
言語
フランス語
出版社
Lela Presse
EAN
9782374680767

You might also like

Customers who bought this product also bought: