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ノルマンディーからライン川へ――1944年:パ=ド=カレー、アーネム、アルデンヌ、ワルヘレン
1944年 ノルマンディーからライン川へ――パ=ド=カレー、アーネム、アルデンヌ、ワルヘレン
ノルマンディーからライン川へはノルマンディーの戦場を補完する一冊。現在の航空写真と当時の画像を集め、地図、図解、写真を豊富に用いて戦闘を現代の視点から読み解く。
フランスとオランダが占領から解放されて70年。ノルマンディーからライン川へは、戦闘の様相を図版でたどる一冊である。戦跡を訪れたい読者には、現在も戦いの記憶をよく伝える場所を案内する。
判型21×30.5 cm、196ページ、ハードカバー
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1944年、ファレーズ・ポケットでのドイツ軍壊滅後、連合国軍の進撃は、8月14日の包囲網完成に劣らぬ重大な結果をもたらした。パリは8月15日に解放され、フランス北東部ではパットンの米第3軍が国境へ急進し、8月29日にランス、30日にヴェルダンを占領した。ベルギーでは9月4日に英国軍がアントウェルペンに到達。カナダ軍は8日にオーステンデを解放し、亡命ベルギー政府の帰国を可能にした。
9月初め、連合国軍は再編のため進撃を一時停止した。再出発の準備が整うころには、ドイツ軍は新たな防衛線を築いていた。ジークフリート線を迂回してドイツ中枢へ進むという、モントゴメリーの大胆な構想によるマーケット・ガーデン作戦が9月17日に始まる。オランダにおけるドイツ軍の抵抗を終わらせるはずだったが、アーネムの橋は「遠すぎた橋」となり、25日には空挺兵6,000人以上が捕虜となって失敗に終わった。
10月末、ワルヘレン周辺でスヘルデ川河口の掃討作戦が始まり、連合国軍がアントウェルペン港を利用する道が開かれた。激戦は11月8日まで続き、障害物の除去作業はさらに長引いたが、28日には連合国軍の最初の船団が入港した。ベルギーはついにナチスの支配から解放された。
そして12月16日、ヒトラーは連合国軍を分断し、アントウェルペンを奪回するため、アルデンヌで大規模な反撃という最後の賭けに出る。1945年初めにはストラスブール奪還を望み、ザールでもドイツ軍が攻撃を開始した。しかし、これが最後の試みとなる。米軍守備隊は持ちこたえ、天候が回復するとパットンの軍は...
- 著者1
- Simon Forty
- 著者2
- Leo Marriott
- 出版日
- 2015
- ページ数
- 196
- イラスト
- 写真・地図約200点
- 表紙
- 上製本
- 言語
- フランス語
- 出版社
- YSEC EDITIONS
- EAN
- 9782846732079
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